憧れを目標に

富山県魚津市を出発地とし、日本アルプスの山々を越えて静岡県静岡市を目指すレースが2年に一度開催されている。「トランスジャパンアルプスレース」(TJAR)である。距離は400kmを超える。累積の標高差は27,000mで富士登山7回分に達する。移動手段は自分の脚のみ。道中の店舗や山小屋での水分や食料の補給はできるものの、宿泊施設の利用は禁止。仮眠や雨風をしのぐには簡易テントを用意する。

私がロードバイクに乗っているという話になると、どれくらい走るのか?と聞かれる。休みの日の午前に100kmから120kmは走ると答える。聞いた側から「こいつは変態だ」という"ありがたい"言葉をいただく。これをありがたいと感じる感覚はエンデュランススポーツに取り組んでいる方には分かっていただけるはず。私も距離に対する感覚が狂っていると自覚する(自転車部品の価格に対する感覚も!?)が、さすがに400km超の山岳地帯を1週間以内に人力で走り抜けると言われれば感嘆せざるを得ない。

1週間以内に完走するには睡眠時間は一回あたり長くても数時間、あるいは立ったまま寝る必要がある。疲労は極限に達して幻覚や幻聴にあう。這ってでも山の中を進む。だけれどもこのレースには完走しようが優勝しようが賞品も賞金もない。得られるのは変態の極みの称号くらいだろうか。

フルマラソン3時間20分以内、標高2,000m以上の高地で10泊以上の露営経験、標高2,000以上の場所を15時間以上行動した後のビバークの経験があるなどの参加条件があり、さぞ百戦錬磨のアスリートが参加するのだろうと思われるかもしれないが、例えば痩せるためにランニングを始めたというようなごくごく「元」一般人が競っている。何かのきっかけでこのレースを知り、レースを「憧れ」から「目標」に変えて取り組んでいる。

本書を通じて考えたのは、「憧れ」で留めてしまっていることが多いのではということ。憧れとしているうちはどこかで線を引いていたり、言い訳としているのだろう。目標とすることで到達するまでの計画を考えるし、行動も変わる。目標に向かって鍛え上げれば日本海から太平洋までを一週間以内に走り抜ける力も手に入るということを参加者は教えてくれている。

さて、Mt.富士ヒルクライムのエントリーも済ませたことだし、65分切りのゴールドを達成すべく、あと3ヶ月半やってやろう。このレースに出始めた頃は65分切りは憧れでしかなかったが、いつぞや目標に変わり、そろそろ手の届きそうな域にいる。いや、そのそろそろがものすごく高くて長く、険しいのだが。65分を切っても優勝争いに絡むわけでもなく、残るのは自己満足しかない。達成した後には次のレベルを目標とするもまたそれを達成できずに、自分の無能力さを痛感するに違いない。そんなことは分かっているのだけど、目標としてしまった限りやるしかないのだな。レベルは到底違うがTJAR参加者も日々のランニングやトレーニングを積み重ねて日本アルプスに立っている。日々の積み重ねが振り返ってみれば高い山を超える力を築くことを信じて、さて、今日もサドルにまたがろう。