サラリーマン専門家にできること

山梨県韮崎市に本部があった創業100年以上の老舗スーパー「やまと」の倒産について、元やまと社長の小林久さんご自身が綴った書籍。
"地域土着"を掲げて、採算度外視で地域のために地元大企業や流通大手の巨大資本と戦い、残念ながら沈没した歴史が描かれている。

本書の中で心に刺さった一節。銀行に提出する経営改善計画書を作成を担当した若者コンサルタントに対する評価である。

"年下の彼らは、当事者に寄り添う人間力までは持ち合わせていない。彼らに言わせれば、「そんなスキルは必要ない」と言われるだろうが。"

小林さんとそのコンサルタントでどのようなやり取りがあったか本書では記されていないが、
彼らがやまとや小林さんに寄り添っていないと小林さんはお感じになったのだろう。

エクセルやパワーポイントを駆使して銀行に受け入れられる経営改善計画書を作成するのがコンサルタントの任務で、銀行借入金の返済猶予を引き出すのが仕事である。
大企業相手ではそれで良いのかもしれないが、中小企業に対してはそれでよいのか。
社長に共感する、寄り添うのが必要であり、社長はそれを求めているのだろう。

一方で自戒の念も込めてであるが、経営をしていないサラリーマン専門家(しかも若造)がどれだけ経営者の気持ちが分かるかというと疑問を感じた。
微塵も分かっていないというのが実態だろう。どれだけ高度な知識をもっていても経営の実感を伴わないので机上の空論に終わってしまう気がする。
サラリーマン専門家として無力感を感じざるを得なかった。

無力な自分が無力なりに、社長の力になれることは何か?どれだけ社長の気持ちを自分事として捉えられるか?
自問自答を繰り返していくしかない。

[コンサルタント]

交渉力

交渉力 結果が変わる伝え方・考え方 (PHP新書)

交渉力 結果が変わる伝え方・考え方 (PHP新書)

  • 作者:橋下 徹
  • 発売日: 2020/03/13
  • メディア: 新書

橋下徹さんの2020年4月時点の最新の著書。

弁護士として企業代理人の立場で臨んだ交渉や、大阪府大阪市の首長として政治行政に取り組まれていた頃の
組織内外の数々の交渉を例に挙げながら、橋下徹さん流の交渉の極意が示されている。

①相手に利益を与える。譲歩する。
何も与えなければ相手も動かない。
自分の要望を受け入れてもらいやすくするために、どうやって相手に利益を得たと思ってもらうか。
できれば「仮想の利益」を与える。こちらにはマイナス、持ち出しにならずに相手にプラス、利益になるものを見つけ出す。

②「合法的な脅し」を使う。
弁護士であれば訴訟を持ち出す。選挙であれば対立候補を立てるといった合法的手段。
脅しながら、これを取り下げれば相手に利益を与えることにもなり、自分の要望が通りやすくなる可能性がある。

③お願いする。
お願いが交渉といえるかはともかく、と橋下さんもおっしゃっているが、最終手段としてはお願いせざるを得ない場面もある。

④要望の整理が非常に重要。
自分の要望のうち譲れる事項の順位付けと譲れない事項の明確化。
相手の要望についても同様に、相手の判断基準や価値観、会話から優先順位付けの想定を立てる。
また、要素に分解して当事者の一致点と不一致点を整理する。案外小さな点が不一致だけだったかもしれない。
自分の要望と相手の要望のマトリクスが出来れば、相手が利益と思うポイントや自分の死守すべきポイントがはっきりする。

⑤最後は握手で終わる
交渉がまとまらない場合でもお互いの労をねぎらい握手で終わる。交渉決裂しても人間関係は壊れずに済む。
ケンカ別れはしない。


自分の日常業務を振り返れば②「合法的な脅し」(に近い?)を使うことが多いように思う。
いや、交渉というより説得という方が適切かもしれないが、人に動いてもらうという点は共通すると考える。

例えば「この処理は税務調査で指摘されるだろう」という脅し。
「税務調査」というキーワードは納税者にとっては一般的に響くように思う。
税務署という権力を使っているので、橋下さんに言わせれば自分の力を使わないとダメということになるかもしれない。
また、本来税務署がどういうかという話ではなく(当然それは想定して取引や処理を検討しつつも)、
法や基準に照らしてどうなのか?常識的な価値判断としてこれは認められるのか?という価値判断があるべき。

あるいは「監査意見に影響がある」という脅し。
これは監査意見を出す立場として自分のあるいは自分の所属する組織の力を使った言葉だ。
とはいえ、この言葉が出るようでは監査先との関係はよろしくないというもの。
この言葉を発する前に、というか交渉に持ち込む前に、監査先自らあるべき状態に進んでもらうように誘導するのが監査の立場だろう。

そして⑤「最後は握手で終わる」のは難しさは痛感している。
自分の未熟なところではあるが自分の精神状態や相手次第ではケンカになり、対立してお互い引けなくなるので、握手なんかとてもできない。
勘定の話が感情のぶつかり合いになる。雨降って地が固まればよいが、土砂崩れに地割れで復旧のしようが無い。
こういうときは自分ではどうしようもないので、上司や同僚など別の人から話をしてもらう他ないと思っている。
頂点に立つ人は別の人からなんて悠長なこと言ってられないので、まだ自分は楽な立場にいるのだろうなとは思う。

cross-disciplinary study ダムの場合

筆者武田元秀さんは“土建屋の長男”に生まれ、機関車が出入りしていた郡山機関車最寄りで育ったため、ダムと鉄道の両方が好きになった。片方の愛好家(?)はいれど、どちらも好きとなるとなかなかお目にかかれない。好きが高じて「ダムをめぐる鉄道ばなし」をまとめたというのが本書である。鉄道ばなしと筆者は言っているか、どちらかというとダムの話という感想を持った。

あとがきに書いてあるように本書執筆にあたって改めてダムを訪ねてみたそうで、鉄道の車窓からの風景の描写は筆者と道中を共にしているかに思わせる。鉄道は脱線してはならないが、説明が度々脱線し、ダムの工法やダム建設を担当したゼネコンのエピソード、住人にとっては苦渋の決断だったはずのダムによる集落の沈没にも触れながら、ダムを巡る鉄道の旅が進む。

例えば第3章の長島ダム井川ダムでは、中空重力式コンクリートダムの工法に触れたり、井川ダム建設当時の間組の社長のエピソード、井川ダムにより沈んだ井川集落の補償、上流のダムの建設資材の運搬に使われた廃線跡に触れながら、大井川を遡っている。

ダム周辺の名所を列挙するのでは旅行ガイドだし、ダムの工法を説明するのでは土木の解説書になる。ダム訪問記だとただの日記だ。寄り道や脱線をしつつダムに対する知識を立体的、複合的にさせてくれるのが本書の魅力だと感じた。ダムと鉄道のcross-disciplinary studyの成果である。

ペンギンが飛べるまで育てる

カフェでコーヒーを飲んで、電車に乗って、パスタ屋で昼を食べて、自販機で飲み物買って、帰りの電車に乗って、近所のコンビニでお菓子を買って。。。全部財布から紙幣硬貨を出さずにSuicaで決済している。本書はもはやこれが存在しない生活が考えられないSuica開発の物語である。

ICカードは次世代のカードとして1980年代に注目されていた。1990年のJR東日本による磁気式自動改札機の導入計画を受けてICカード改札機の研究開発中止の危機があったものの、2000年頃の改札機更新時期のICカード導入を目指して研究開発の火を消さなかったのが、今のSuicaに繋がっている。ICカード対応の初期投資130億円をICカード改札機導入による改札機のメンテナンス費用削減で回収するとして、10年程度で回収できると見積もっていた。2010年頃の投資回収になるので、ICカードの研究開発から数えれば20年以上になる。セミの一生3回分、子供が成人するまで見守り続けのだ。

何しろ“ペンギンが空を飛ぶ”のだから、周囲は眉唾物に見ていたと思われる。それでもSuica開発者はICカードを普及させるという気概があったからこそ、メーカーからそっぽを向かれそうになってもプロジェクトが二人になっても、導入前の度重なる試行錯誤も乗り越えられたのだろう。

私は職業柄、1年単位や四半期単位で仕事を進めていくことが多い。毎年の基準や法律の改正を追い掛け、受ける側からすると朝令暮改な所属組織の方針転換に翻弄される日々で、10年後を想定するということはしてこなかったように思う。環境(政治経済社会技術)や、自分の境遇も数年で変わるだろうから10年後の想定が通じる保証はない(というか通じないと思った方がよい)が、10年掛けられる、続けられる何かを見つけるのは自分の精神的支柱になるはず。会計専門家として何を柱にしていくか考えるきっかけを与えてくれたのが本書だった。

土地の成り立ち

本書は、日本列島をいくつかの地域に分けてその地域の成り立ちを解説している。富士山や小田原足柄といった地域は生まれ育った地域ゆえ、自分事として捉えられて非常に興味深かった。

土地の成り立ちを知るのは自然災害による被害を想定したり、身を守る行動に繋がる。土砂崩れや浸水が想定されれば避難の必要性の判断は早くなる。火山の噴火の仕方、岩石が飛来するほどの爆発的噴火か、溶岩流が想定される噴火か、そしてその溶岩流はどこまで到達する可能性があるか想定できれば、安全な場所に避難するまでの時間的猶予が予測できる。富士山三体崩壊なんてことになれば、静岡県東部北駿地区はさすがにもう諦めるしかないのだろうが…

たとえば三島駅近くには富士山の溶岩流の痕跡があるので、三島まで到達する可能性があることが分かる。

行政はハザードマップを作成、公表しているが「起きて困ることは想定しない」という事情があるかもしれない。結局は自分で考えて行動するしかない。

いざ災害に直面すると正常性バイアスが作用しがちなため、身を守るための最大の行動をするためにも、土地の成り立ちを知っておくことが有用だと思う。

【IFRS】出資者における投資事業有限責任組合等(CVCファンド)への出資金の金融商品の分類

www.keirijouhou.jp

 

前回に続いて旬刊経理情報2020年3月1日号より。

 

今回は会計屋っぽくIFRS関連の記事"viewpoint 連結の判定や評価上の論点に注意 CVCファンドのIFRS会計処理のポイント"という記事を読んでの疑問点。相当にマニアックです。

 

論点として以下が挙げられている。

  1. IFRS10連結財務諸表に沿ってCVCファンドへの投資を連結するか判定
  2. ファンドを連結する場合にファンドの投資先(ベンチャー企業)を連結するか判定
  3. 投資先を連結しない場合にどのように評価するか

 

ファンドを連結しない場合には投資先をIFRS13公正価値測定に従って評価すると説明されている。ファンドを取り込む際にはルックスルーしてファンドの投資先の評価差額の持分相当額を取り込むという処理を説明していると理解したが、ここで疑問を持った。ファンドへの出資金はIAS32金融商品:表示に沿って(主に16項)資本性金融商品か負債性金融商品かの判定が論じられるのではなかろうか。

 

ファンドの金融商品の分類については各監査法人が出版しているIFRS解説書にも載っていないので、ファンドのIFRSでの金融商品の分類は実務上の落とし穴だろうか。特に注意してみていかなければ、日本基準でのその他有価証券評価差額金の持分相当額を取り込む処理をIFRSでも継続してしまいそうな気がする。

 

LPSなどの「組合は組合員から独立した存在ではなく、各組合員が主体性を保持したまま結合する団体」(長谷部啓 税務大学校 パス・スルー課税のあり方-組合事業における組合員の課税関係とその諸問題-

http://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/56/02/hajimeni.htm

)とすれば、組合出資金の金融商品の分類を論ずるのではなく、ルックスルーして投資先の評価額と評価差額の持分相当額を取り込むという発想になるのだろうか。そして投資先は原則FVTPLとして評価差額は損益処理するという流れになりそうだ(原則はFVTPLとしても、投資先をFVTOCI(その他の包括利益を通じて公正価値で測定)に分類にできるかどうかの論点があると思われる)。

 

#IFRS #金融商品 #IAS32 #投資事業組合 #経理情報

 

大人の定義

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旬刊経理情報2020年3月1日号掲載のメンタルクリエイト江口毅さんのコラム「おっと!何だろう、大人って」という記事が目に留まった。

江口さんは大人をこう定義している。

・ 曖昧なものを曖昧なまま受け入れる。 ・自分も他人も許せる。 ・優しさと厳しさの両面。それを他者に伝えられる。

そして、大切なのは定義付けした後のあり方、時折自身を振り返り、自分を律し、正していくことと述べている。これができるのが大人だと。

なるほどと思い、私なりの大人の定義を考えてみた。出てきたキーワードは「余裕」だった。気持ちに余裕がないと、はっきりさせたくなるし(これは逆の場合もあるか。どっちでもいいだろ!と思うときも)、自分も他人も許せないし、優しくもなれない。新しいことに興味関心も持てないし、突発的なことに慌ててしまう。「余裕」をもって受け入れられる人はカッコいいし、大人だと思う。

さて、余裕をもっていたいものだと思い付いたということは、自分に余裕がないことの裏返しか。そういえばTODOリストは積み上がる一方で、忙しい忙しいと思ってばかりで、終われるように過ごす毎日である。たまにはTODOリストから解放されたいと思いつつも、それをも受け入れて着々とこなしていくのが大人なのかとも思い、大人になれていない自分を自覚した。

さて、焦ってもしょうがないので、一つ一つやりますか。

メンタルクリエイト

https://www.mentalcreate.com/